世界銀行グループが毎年発表している報告書「ビジネス環境の現状」の最新版で、日本は昨年より順位を2つ落とし34位となりました。安倍政権が掲げる「2020年までに先進国で3位」との目標から遠ざかる結果となってしまいました。アジアに目を向ければ隣国の韓国は順位を上げ、堂々5位、シンガポールは2位にランクインするなど経済大国を自負する日本は水を開けられている状況です。
本記事では、世銀は何を基準に判断したランキングしているのか、なぜ順位を落としたのか、どうすればトップ10入りすることができるのかを検証してみたいと思います。
目次
- 1 最新ランキングを検証
- 1-1 判断基準は10項目
- 1-2 日本、「起業のしやすさ」だと89位
- 1-3 日本のビジネス環境が低評価の理由
- 2 ビジネス改革を実施した国が過去最多
- 2-1 中東、中央アジアの国が大きく躍進
- 2-2 世銀から見た日本のビジネス改革の現状は?
- 3 世界に学べ!諸外国の驚きのスタートアップ支援策
- 3-1 「人件費の安い製造国」というイメージからの脱却
- 3-2 3つの民族が混在するマレーシアはテストマーケティングに最適
- 3-3 外資系企業に対する優遇措置が充実しているポーランド
1 最新ランキングを検証
(出典:Doing Business Annual Report 2017)
2017年版の「ビジネス環境の現状」報告書では世界190ヵ国・地域における「ビジネスのしやすさ」を順位付けしています。
1位は前年と同じニュージーランド、3位デンマーク、6位ノルウェー、9位スウェーデンと北欧圏が存在感を見せました。7位と8位にはイギリスとアメリカがそれぞれランクイン。また、2位にシンガポール、4位香港(中国)、5位韓国とアジア勢も健闘しました。
・ビジネスのしやすさ総合ランキング(1〜10位とその他主要な国)
順位 | 国・地域 | ポイント |
---|---|---|
1 | ニュージーランド | 87.0 |
2 | シンガポール | 85.1 |
3 | デンマーク | 84.9 |
4 | 香港 | 84.2 |
5 | 韓国 | 84.1 |
6 | ノルウェー | 82.8 |
7 | イギリス | 82.7 |
8 | 米国 | 82.5 |
9 | スウェーデン | 82.1 |
10 | マケドニア | 81.7 |
11 | 台湾 | 81.1 |
15 | オーストラリア | 80.3 |
17 | ドイツ | 79.8 |
29 | フランス | 76.3 |
34 | 日本 | 75.5 |
40 | ロシア | 73.2 |
78 | 中国 | 64.3 |
(参照:THE WORLD BANK)
1-1 判断基準は10項目
報告書では、「ビジネスのしやすさ」を各国の「起業のしやすさ」や「資金調達」などを含めた10項目をもとにランキングを作成しています。
起業のしやすさ(Starting a Business) | |
建設認可のとりやすさ(Dealing with Construction Permits) | |
電力調達(Getting Electricity) | |
資産登記(Registering Property) | |
資金調達(Getting Credit) | |
少数株主保護(Protecting Minority Investors) | |
納税(Paying Taxes) | |
国外との貿易(Trading across Borders) | |
契約履行(Enforcing Contracts) | |
破たん処理(Resolving Insolvency) |
1-2 日本、「起業のしやすさ」だと89位
各項目のランキングでは、日本は「起業のしやすさ」では89位とアジアの中でも大きく後れをとりました。また「資金調達」は82位、「税の支払い」は70位、「建設許可の取りやすさ」は60位にとどまりました。一方、「破たん処理」は2位、「電力供給」は15位と健闘しました。
・項目別「起業のしやすさ」ランキング(1〜10位とその他主要な国)
順位 | 国・地域 |
---|---|
1 | ニュージーランド |
2 | カナダ |
3 | 香港 |
4 | マケドニア |
5 | アゼルバイジャン |
6 | シンガポール |
7 | オーストラリア |
8 | ジョージア |
9 | アルメニア |
10 | アイルランド |
11 | 韓国 |
51 | アメリカ |
89 | 日本 |
114 | ドイツ |
127 | 中国 |
(参照:THE WORLD BANK)
・日本のビジネス環境の項目別ランキングデータ
項目 | 2016年 | 2015年 |
---|---|---|
総合(Overall) | 34位 | 32位 |
起業のしやすさ(Starting a Business) | 89位 | 81位 |
建設認可のとりやすさ(Dealing with Construction Permits) | 60位 | 58位 |
電力調達(Getting Electricity) | 15位 | 14位 |
資産登記(Registering Property) | 49位 | 49位 |
資金調達(Getting Credit) | 82位 | 78位 |
少数株主保護(Protecting Minority Investors) | 53位 | 51位 |
納税(Paying Taxes) | 70位 | 71位 |
国外との貿易(Trading across Borders) | 49位 | 49位 |
契約履行(Enforcing Contracts) | 48位 | 48位 |
破たん処理(Resolving Insolvency) | 2位 | 2位 |
(参照:THE WORLD BANK)
日本は電力調達と破たん処理の項目では健闘を見せましたが、そのほかでは前年から大きな改善が見られません。
特に「起業のしやすさ」では10項目のなかで最低の順位となっており、早急の改善策が求められます。
1-3 日本のビジネス環境が低評価の理由
日本の順位が先進国の中で遅れをとっている理由として、ニッセイ投資情報室のマーケットレポートでは「日本の順位が依然として低いのは、安倍政権が常に力を入れるのは日本経済団体連合会に加盟する大企業の支援などが中心であることも要因の1つとしてあげられるかもしれません」と指摘。
さらに「世界銀行がランク付けにあたり重視しているニュービジネスの起業や、中小企業の事業環境整備への支援に関しては積極的に対策がなされていないのが現状です。『総合起業活動指数(TEA)』という起業意欲を示す指標で見ても、日本の起業力は他国と比較して見劣りしている」と分析しました。
日本の起業率が欧米よりも著しく低いことは以前から課題として取り上げられており、安倍政権は成長戦略の一環として日本の開業率を欧米並みの10%に引き上げることを目指しています。そのためにも起業に伴う費用や手続きの煩雑さなど多くの問題を解決する必要があります。
・他国と比較した日本の起業力
(参照:ニッセイマーケットレポート 2016年11月25日)
2 ビジネス改革を実施した国が過去最多
世銀の報告書は、中小企業の設立・経営を容易にするためのビジネス改革を実施した国が、世界全体で過去最高の137カ国に上ったと発表しました。
過去1年間に実施された改革283件のうち、途上国が4分の3を占め、なかでもサハラ砂漠より南に位置する地域であるサブサハラアフリカが全体の25%以上を占めました。
2-1 中東、中央アジアの国が大きく躍進
改革の実施により改善の大きく進んだ上位10カ国は、ブルネイ・ダルサラーム国、カザフスタン、ケニア、ベラルーシ、インドネシア、セルビア、ジョージア、パキスタン、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンで、おもに中東や中央・東南アジアの国々がランクインしました。
中東、中央アジアの国々でビジネス環境の改善が進んだことについて、世銀のチーフエコノミストは「上位にランクインした国に共通する特徴で他国もすぐに取り入れやすい簡単な方法は、政府が国民に敬意をもって接する事だろう。こうした配慮により、起業気運の高まり、女性のための市場機会拡大、法律の順守徹底など、直接的な経済的恩恵につながる」とコメントしました。(参照:THE WORLDBANK)
2-2 世銀から見た日本のビジネス改革の現状は?
昨年新設された内閣の規制改革推進会議では、現在、日本のビジネス環境を先進国中3位にするための取り組みが行われています。なかでも事業者の生産性向上を後押しするため、事業者目線で外国企業の日本への投資活動に関係する行政手続の簡素化、コスト削減に着手。1年以内を目途に結論を出すとしています。
行政手続きの簡素化による効果について、大和総研経済調査部の主任研究員は「もし全ての行政手続きの数と時間が3分の1にまで減少すれば、先進国中8位まで上昇するだろう。加えて、行政手続きの手数料が半減すれば、同4位まで上昇する。さらに負債に関する貸し手・借り手の法的権利を強化すれば、日本のランキングは先進国中3位も射程圏内に入る」とコメントしました。(参照:大和総研「経済・社会構造改革レポート」)
3 世界に学べ!諸外国の驚きのスタートアップ支援策
世界を見渡せば日本の文化・風土では考えられないような起業支援があふれています。その一部をご紹介します。
3-1 「人件費の安い製造国」というイメージからの脱却
(出典:The New York Times)
近年、中国ではハイエンド・ハイマージンの先進的製造業に力を注いでおり、大学卒業者もしくは失業者が設立した企業には、年間で最大9,600人民元(約15.9万円)の税金控除が認められるスタートアップ企業向けの免税プログラムを提供しています。
また、政府管轄のハイテク企業を対象とした投融資・コンサルティングサービスを提供する「トーチ・プログラム」では、1,500を超える起業支援団体を用意しています。
3-2 3つの民族が混在するマレーシアはテストマーケティングに最適
(出典:Choo Choy May)
シンガポールがビジネス環境に優れていることは、世銀の報告書でも述べられていますが、隣国のマレーシアもスタートアップ企業から近年注目されています。
その理由は第一に生活費が安く、シンガポールと比べて生活コストを抑えることができるため、マレーシアに生活の拠点を置きながらシンガポールで会社を設立する企業が多いそうです。
2つ目は3つの民族が混在するマレーシアはテストマーケティングに最適だったことです。マレーシアの人種は大きくマレー系(インドネシア系)、中華系、インド系に分けることができ、かつ市場規模はシンガポールより大きいためスタートアップ企業にとって魅力的なマーケットの一つとなっています。(参照:Forbes Japan)
3-3 外資系企業に対する優遇措置が充実しているポーランド
(出典:E-Commerce in Poland 2014)
人口3800万人のポーランドはEU内で6番目に人口が多く、国内市場が大きいことで有名です。さらに、EUの学生がポーランドに留学するのにピザが不要で、生活コストも安いため、スタートアップの育成に適していると言われます。
現在、ポーランドには地域振興を目的として14の経済特区(SEZ)が全国に設置されています。外資系企業は一定の条件を満たせば、法人税の免税などの措置を受けることができます。
2016年の経済開発特別区への投資額は総額124億ズロチ(約3461億円)となり、2015年の59億ズロチ(約1646億円)の倍以上となりました。
また、ポーランドでは外資系起業からの投資を呼び込み、経済の活性化を図るため、さまざまな投資優遇制度が設けられています。たとえば投資が行われる地域によって上限係数※10%~50%の範囲で助成を受けることができます。
また小企業に対しては20%ポイント、中企業に対しては10%ポイント加算されるなど、中小企業に対する優遇制度も充実しています。(参照:JETRO)
※ 受け取ることができる助成額の上限係数は、新規投資支援を受ける場合には投資予定額に対する比率。新規雇用助成を受ける場合には新規雇用労働者の2年間分の見積給与費用総額に対する比率。