流行語大賞にもノミネートされた長編アニメーション映画の「君の名は。」が公開されてから4ヶ月あまり。興行収入は210億円※1を超え、さらに記録を伸ばそうとしています。
どうしてこれほどまでヒットしたのか、理由はさまざまありそうですが、嬉しい悲鳴を上げてあるのはアニメ業界だけではないようです。
「君の名は。」の舞台である岐阜県飛騨市にはファンと見られる観光客が殺到。さらに劇中内に登場するアイテムの売り上げも急増するなど、その経済効果は200億とも500億とも言われています。
巨匠・宮崎駿監督が現場を離れて、先行きが心配されていたアニメ業界。社会現象を引き起こした新進気鋭の誕生はアニメビジネスにどのような影響を与えるのでしょうか。
※1 2016年12月25日付までの売り上げ
目次
- 1 興行収入は邦画歴代2位を記録
- 1-1 経済効果は500億円との試算も!?
- 1-2 監督は新海誠、製作はコミックス・ウェーブ・フィルム
- 2 アニメ業界の実態調査〜売り上げ・平均年収
- 2-1 アニメ全体の売り上げは横ばい
- 2-2 アニメーターの平均年収
- 2-3 平均休日はたったの4日〜課題は長時間労働の解決
- 3 アニメビジネスに新たな風? 進む地元とのタイアップ
- 3-1 立川市×アニメの例
- 3-2 共同事業プロジェクト「あにめのめ」の例
1 興行収入は邦画歴代2位を記録
2016年8月26日に公開されてから、12月までの108日間での観客動員数は1578万人、興行収入は210億円を突破しました。スタジオジブリ作品の「ハウルと動く城」を超えて、邦画歴代2位を記録。洋画を含めても「アナと雪の女王」に次いで4位となりました。
・邦画の歴代興行収入上位ランキング
順位 | 作品名 | 興行収入 | 公開年 |
---|---|---|---|
1位 | 千と千尋の神隠し | 308億円 | 2001年 |
2位 | 君の名は。 | 210億円 | 2016年 |
3位 | ハウルの動く城 | 196億円 | 2004年 |
4位 | もののけ姫 | 193億円 | 1997年 |
5位 | 踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ! | 173億円 | 2003年 |
6位 | 崖の上のポニョ | 155億円 | 2008年 |
7位 | 風立ちぬ | 120億円 | 2013年 |
8位 | 南極物語 | 110億円 | 1983年 |
9位 | 踊る大捜査線 | 101億円 | 1998年 |
10位 | 子猫物語 | 101億円 | 1996年 |
1-1 経済効果は500億円との試算も!?
劇中で登場した土地や建物を訪れる“聖地巡礼”が経済効果に拍車を掛けています。
映画の舞台になった岐阜県・飛騨市では、地元のバス会社が映画の舞台をタクシーで巡るという企画を実施。家族連れや若い女性の間で人気となっています。(参照:中部経済新聞)
また劇中に登場した組紐※2などのアイテムや、関連グッズが飛ぶように売れ、各方面で品切れ状態が続くという好況ぶり。
さらに「君の名は。」は海外でも高い評価を受けています。中国での興行成績は約88.5億円を記録(参照:猫眼電影)。
アメリカではロサンゼルス映画批評家協会賞を受賞、スペインでは第49回シッチェス・カタロニア国際映画祭で最優秀長編作品賞を受賞しました。
同映画によるさらなる外国人観光客の呼び込みも期待されており、その波及効果は500億円にも上るのではないかと言われています。
※2 劇中では、男性の主人公が手首に巻いたり、女性の主人公が髪を結う際に使ったりする場面で登場する。(参照:信濃Web)
1-2 監督は新海誠、製作はコミックス・ウェーブ・フィルム
(参照:The Japan Times)
同映画の監督・原作・脚本を務めたのは長野県出身の新海誠。2002年に自身初となる劇場用作品「ほしのこえ」を発表。作画や編集などほとんどの作業を一人でこなしたにもかかわらず、独特の世界観や映像美が評価され、文化庁メディア芸術祭特別賞など多くの賞を受賞します。その後は「秒速5センチメートル」や「言の葉の庭」などのヒット作を生み出しました。
「君の名は。」を製作したのはコミックス・ウェーブ・フィルムというアニメーション制作会社。2007年、伊藤忠商事から出向していた社員がコミックス・ウェーブ(現在は解散)から独立して作った若い会社です。新海誠のほか、多くの人気映像作家が所属しています。
2 アニメ業界の実態調査〜売り上げ・平均年収
日本のアニメーションは海外からの人気も高く、政府もクールジャパン戦略の一環として力を入れるコンテンツです。国内でのアニメの放映本数も増加傾向で、成長産業の一つと捉えられています。
しかし、アニメーション業界は「平均年収は200万円以下」「違法残業は当たり前」など過酷な労働環境が問題になることもあります。実際はどうなっているのでしょうか。
2-1 アニメ全体の売り上げは横ばい
帝国データバンクの調査によれば、2006年を機に作品数やアニメソフトの売り上げが大きく減少。収入高は2012年度の9億7900万円を底として、2013 年度、2014年度は2年度連続で微増したものの、2009年度以降はほぼ横ばいとなっています。
(参照:帝国データバンク)
2-2 アニメ全体の売り上げは横ばい
日本アニメーター・演出協会が実施した「アニメーション制作者実態調査報告書2015」によれば、アニメーション制作において、作画や動画などを担当するアニメーターの年収は平均332.8万円だったことがわかりました。
・作業・職種別の平均年間収入
原画 | 281.7万円 |
---|---|
動画 | 111.3万円 |
仕上げ | 194.9万円 |
キャラクターデザイン | 510.4万円 |
総作画監督 | 563.8万円 |
監督 | 648.6万円 |
2-3 平均休日はたったの4日〜課題は長時間労働の解決
アニメーション制作現場の1ヶ月あたりの労働時間は、平均262.7時間だったことがわかりました。これは、1日あたり13時間も働いている計算になり、過酷な労働環境であることが伺えます。一般的な労働者の月間平均労働時間の168.5時間※3と比較すると、1ヶ月あたり94.2時間も上回ります。
このほか、160時間超240時間以下が23.2%、260時間超300時間以下が21.8%、350時間超が15.9%の割合でした。
1ヶ月あたりの休日は、一般労働者は約10日であるのに対し、アニメーターは平均4.63日となっています。
2014年には、東京都のアニメ制作会社に勤め、退職後の2010年10月に自殺した男性について、新宿労働基準監督署が過労によるうつ病が原因として労災認定しました。アニメーション制作現場における過酷な労働環境の解決が急がれます。
※3厚生労働省「毎月勤労統計調査」の平成25年度の月間総実労働時間数
3 アニメビジネスに新たな風? 進む地元とのタイアップ
地方都市によるアニメ作品とのタイアップが話題を呼んでいます。なかでも自治体が積極的にアニメとのコラボレーションを取り入れたのが東京都の立川市です。
3-1 立川市×アニメの例
舞台が立川という設定のアニメでは立川市内の実在する官公庁等の施設設備や街並み等が非常に細部まで再現。作品中に登場する警察官や消防官、自衛官の制服から制帽、靴、階級章に至るまで全てリアルの現場仕様となっています。
また、実際に官公庁が緊急事態時、どのような対応をするのかも綿密に取材を行っており、作品内での彼らの対応も実際の手順にならったものになっています。(参照:立川市HP)
立川はアニメファンの間ではアニメの聖地として認識されており、東京郊外の新たな観光スポットとして人気を集めています
3-2 共同事業プロジェクト「あにめのめ」の例
(参照:アニメ!アニメ!ビズ)
ジェイアール東日本企画は2016年7月、各コンテンツ会社と提携して新事業を開始。アニメーションビジネスに新たな風を吹きこもうと、深夜帯アニメの共同事業プロジェクト「あにめのめ」を立ち上げました。
深夜放送のテレビアニメ※4を作る場合、製作委員会方式※5で制作されるのが一般的です。放送局、出版社、広告会社等の各会社が組合(=委員会)を結成し、広告宣伝費等を出し合います。
製作委員会方式は資金調達がしやすい反面、権利関係が複雑になったり、ときには、テレビ放映が始まっているにも関わらず委員会メンバーが決まっていなかったりすることもあるようです。
「あにめのめ」はこうしたデメリットを解決する目的で始まりました。アニメーションごとに製作委員会を組織するのではなく、委員会の核となる数社をあらかじめ固定。委員会の組成に時間が掛からなくなり、制作作業に手早く取り掛かることができるようになりました。
同社のアニメプロデューサーは
「消費者も自分の好きなアニメを積極的に発信するようになった。作品の世界観と一貫性を持ち、しかも高いクオリティであれば、タイアップ商品も作品も同じように愛していただける。現在はアニメ過渡期の時代。『あにめのめ』から、新しいアニメビジネスの形を世に出していきたい」(引用:販促会議)
と語っています。
※4 深夜放送枠のアニメーション制作費は、13話(1クール)で2億円〜3億円程度と言われている。
※ 5 関係者が製作委員会を組織し、各企業から資金を募る製作委員会から元請制作会社に発注する方式。アニメ・映画・ドラマなどの映像作品を制作する現在の主流の方法である。