ダボス会議などで知られる世界経済フォーラム(WEF)は4月8日、旅行・観光競争力レポートを発表、日本は2015年から順位を5つ上げ、4位となりました。日本がトップ5入りするのは2007年からの公表以降初で、観光立国を目指す日本にとって諸外国に向けたアピールとなりました。
安倍政権は2020年までに年間訪日外国人数4000万人を目指しており、その取り組みは始まったばかり。日本が躍進を遂げた要因は何だったのでしょうか。
目次
- 1 初のトップ5入りとなる快挙
- 1-1 目立つ日本の躍進
- 1-2 「おもてなし」では堂々1位
- 2 東アジアの躍進目立つ
- 2-1 中・韓・香・台も順位上げる
- 2-2 東南アジアは順位を下げる
- 3 年間訪日客数4000万人到達は案外早い?
1 初のトップ5入りとなる快挙
ダボス会議として有名な世界経済フォーラムは、毎年1月にスイス・ダボスで開催される世界経済や雇用情勢に関する年次総会となります。グローバル・シチズンシップ(地球市民意識)の精神にのっとり、世界情勢の改善に取り組みます。
ダボス会議では、100カ国以上の首脳・官僚や有名起業家、学者が一堂に会します。近年はユーチューブやツイッターでも会議の模様が発信されています。
1-1 目立つ日本の躍進
観光競争力レポート(Travel & Tourism Competitiveness Report)は隔年で発表されている旅行・観光業に関する報告書で、観光インフラ、安全性、自然資源などの評価基準項目を元にスコアを算出し、ランキング化したものです。
旅行・観光競争力指数は、すべての利害関係者(ステークホルダー)が協力し、国内経済における業界の競争力を向上させることにつながります。
2017年版の報告書では、日本は2015年より順位を5つ上げて、イタリア、イギリス、アメリカを抜き、過去最高の4位でした。なお、TOP10までのなかに順位を3つ以上あげた国は日本以外になく、日本の躍進が目立つ結果となりました。
・ 観光競争力ランキングトップ10
順位 | 国・地域 | 順位変動 |
---|---|---|
1 | スペイン | 0 |
2 | フランス | 0 |
3 | ドイツ | 0 |
4 | 日本 | 5 |
5 | イギリス | -2 |
6 | アメリカ | 0 |
7 | オーストラリア | 0 |
8 | イタリア | 1 |
9 | カナダ | -4 |
10 | スイス0 | 2 |
(参照:The Travel & Tourism Competitiveness Report 2017)
上位陣は前回と変わらず欧米勢が独占、1位スペイン、2位フランス、3位ドイツは順位変動がありませんでした。またイギリスは前回より順位を2つ落とし、カナダは4つ落としました。
1-2 「おもてなし」では堂々1位
評価算出基準となったのは4領域14項目とさらにその項目を構成する指標です。日本は、そのうちの「人的資源と労働市場(Human resources and labour market)」のなかの「顧客対応度(Treatment of customers)」にて1位を獲得しました。
また、「文化資源とビジネス旅行」では、日本独自の世界遺産などが高く評価され4位となりました。このほかにも各項目で指数の改善が見られた結果、総合順位で4位を獲得することができました。
・ 日本の項目別評価
項目 | 順位 |
---|---|
ビジネス環境(Business Environment) | 20 |
安全性とセキュリティ(Safety and security) | 26 |
健康と衛生(Health and hygiene) | 17 |
人的資源と労働市場(Human resources and labour market) | 20 |
ICT(情報通信技術)発達度(ICT Readiness) | 10 |
旅行・観光業の優先度合い(Prioritization of Travel&Tourism) | 18 |
国際的開放性(International Openness) | 10 |
価格競争力(Price Competitiveness) | 94 |
環境持続可能性(Environmental sustainability) | 45 |
航空インフラ(Air transport infrastructure) | 18 |
陸上・港湾インフラ(Ground and port infrastructure) | 10 |
観光のインフラ(Tourist service infrastructure) | 29 |
自然・文化資源(Natural and cultural resources) | 26 |
文化資源とビジネス旅行(Cultural resources and business travel) | 4 |
(▲グラフ化したもの / 参照:The Travel & Tourism Competitiveness Report 2017)
一方、「旅行や観光業の優先度合い」のなかの「国のブランド戦略(Country Brand Strategy)」という指標では、前回2位から42位へと大きくダウンしたことについて、旅行の調査研究を行うJTB総合研究所は
「順位の低さは、国や自治体のサイトやSNSのアカウント上で十分な情報提供がされていない、あるいは情報提供がされていても歴史、行先、ビーチ、食、など45のカテゴリーの中で、旅行者にとって重要ではないコンテンツに偏っているといった可能性が示唆されています。このランクダウンには、例えば、もしかしたら国や自治体からの情報発信がウェブサイト中心で、SNSでの情報発信が進んでいない、あるいは発信している内容と海外からの旅行者が求めている内容が一致していない、といった可能性が隠れているかもしれません」(参照:JTB総合研究所 2017年4月10日付)
と分析。いずれにせよ、旅行者が求めるものとのギャップを正確に見極めていく必要があるのではないかとコメントしました。
一方、WEFの報告書は、日本について「世界で最も開発された地上交通インフラシステムとICTネットワーク(いずれも10位以内)を誇る」と評価。
また価格競争力が前回の114位から94位に改善した点については、「価格競争力の向上は、日本の総合順位の押し上げに影響しており、文化や天然資源の促進につながった」としました。
なお、今後の課題としては、高PM排出量(93位)、過剰漁獲(71位)、絶滅危惧種の数(129位)など「環境の持続可能性」の分野において、「日本は良い結果を残せていない」と改善の必要性を指摘しました。
2 東アジアの躍進目立つ
2017年版の報告書では、日本のみならず、他アジアの国・地域の躍進が特徴的でした。韓国は前回より順位を10あげて19位、台湾・中国・香港は2つあげてそれぞれ11位、15位、30位となりました。
このほかのアジア諸国・地域はシンガポール13位、マレーシア26位、インド40位、インドネシア42位、スリランカ64位、ベトナム67位、ブータン78位、フィリピン79位、ラオス94位、カンボジア101位、モンゴル102位、ネパール103位となりました。
・ アジアの国・地域の順位
順位 | 国・地域 | 順位変動 |
---|---|---|
4 | 日本 | 0 |
11 | 香港 | 2 |
13 | シンガポール | −2 |
19 | 韓国 | 10 |
25 | マレーシア | −1 |
30 | 台湾 | 2 |
34 | タイ | 1 |
40 | インド | 12 |
64 | スリランカ | 0 |
67 | ベトナム | 8 |
78 | ブータン | 9 |
79 | フィリピン | −5 |
94 | ラオス | 2 |
101 | カンボジア | 4 |
102 | モンゴル | −3 |
103 | ネパール | −3 |
(参照:The Travel & Tourism Competitiveness Report 2017)
2-1 中・韓・香・台も順位上げる
全体で15位となった中国は、文化資源で1位、自然資源で5位など歴史的建造物や広大な自然で潜在能力を発揮しました。また中国当局も観光業の発展に力を入れており、国際開放度、ICT発展度、観光インフラの項目で前回より順位を上げました。2016年に中国を訪問した外国人旅行者は約5700万人にのぼり、アジア全体の2割占めました。
・中国の項目別指数
報告書は、中国市場について、「人口のわずか5%しかパスポートを持っていないが、2015年には1億7290万人の出国者を抱えるアジア地域最大の市場である」と評価。今後、中国が観光大国と発展していくためには、宿泊施設の増加、ビジネス環境の改善(現在92位)、環境の持続可能性(現在132位)を確保しなければならないと指摘しました。
また、前回より10ランクアップさせた韓国については、「最も改善された国の一つであり、国際的開放性14位(39ランクアップ)と価格競争力88位(21ランクアップ)と劇的に改善し、14の指数のうち8つを改善した」と評価。
・韓国の項目別指数
一方で、「(韓国の)天然資源については国際的にほとんど認識されていないため、自然観光事業(114位)を改善する余地が残されている。持続可能性に焦点を当てれば、とりわけ環境保護、特に117位の動物群の強化、130位のPM排出量の削減、84位の過剰漁獲の削減への取り組みが必要となる」と指摘しました。
2-2 東南アジアは順位を下げる
タイ、ベトナムを除くシンガポール、マレーシア、フィリピンなどの東南アジア勢はいずれも前回調査より順位を下げました。
とくに前回より5つ順位を落としたフィリピンについては、報告書では、「(フィリピンのトランプとして知られるドゥテルテ大統領※が誕生した)今年は厳格化されたビザ政策、政府予算の削減、地上輸送の効率の低下などにより、競争力低下につながった」と分析。これらの要因をさらに観光客を減少させる可能性があると注意を促しました。
・ フィリピンの項目別指数
さらにセキュリティ面での懸念が高く、ドゥテルテ大統領による超法規的な犯罪対策など司法制度が効果的に機能していないと指摘しました。
東南アジアで最大のランクアップをしたベトナムは、安全とセキュリティ57位、人的資源と労働市場37位、価格競争力35位、自然資源34位、文化資源とビジネス旅行30位などが高評価されました。報告書では、現在ベトナムの自然観光に関連する検索が増加しており、天然資源の魅力が高まっていると分析。さらに近年の経済発展の継続によりビジネス旅行の需要が高まっているとしました。
・ ベトナムの項目別指数
※ 2016年5月9日の大統領選挙で南部ミンダナオ島ダバオ市のドゥテルテ市長(当時)が当選。2016年6月30日にドゥテルテ政権が発足。ドゥテルテ大統領は、違法薬物・犯罪・汚職対策、ミンダナオ和平を重要課題に掲げているが、「犯罪者は殺してマニラ湾の魚のえさにしてやる」など過激発言をすることで有名。支持率は9割を超える。現在は連邦制導入のための憲法改正を目指す。
3 年間訪日客数4000万人到達は案外早い?
2020年までに訪日外国人数4000万人を目指すとしている日本政府。しかし、目標達成には疑問符が付くとの記事がSankeiBizの記事(2016年11月1日付)にて紹介されています。
「SMBC日興証券の試算では、(目標の)達成には来年以降も約14%の伸びが不可欠だが、今年3月まで3割を超えていた伸び率は4月以降、ほとんどの月で10%台に鈍化した」
と指摘しました。4000万人到達のカギを握るのは、受け入れ態勢の充実だとしています。
「観光庁は訪日客の宿泊先が東京や大阪など特定地域に偏っている実情などを踏まえ、一般住宅に有料で旅行者などを宿泊させる「民泊」の規制緩和を進めるほか、食文化などの地域資源を商品化する取り組みを進める。民間調査では、訪日客が日本で言葉が通じないことを最大の不安要素としており、多言語化も含め意思疎通の取り組みも求められる」
政府は現在、訪日客の滞在時の快適性や観光地の魅力向上、並観光地までの移動円滑化などを推し進めるため、「宿泊施設インバウンド対応支援事業」、「交通サービスインバウンド対応支援事業」、「地方での消費拡大に向けたインバウンド対応支援事業」を対象として補助金の交付を開始。
このほか各施設における多言語の対応や、無料公衆無線LANの整備、多宗教に配慮した環境整備などに取り組んでいます。訪日外国人旅行者がストレスなく、快適に観光を満喫できる環境整備に向け、対応を加速化していくとしています。
観光客数4000万人の数字は、世界観光機関による国際観光客到着数5位のイタリアやドイツに並ぶ数字となります。今後は観光立国に向けた政府と民間企業による手腕が問われそうです。